開発チエ
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KAIHOTSU Chie/開発チエ
アートのお作法

慶應義塾大学卒業時より「美術手帖」「STUDIO VOICE」「SALE 2」などに美術批評を執筆。批評家生活10年経過した後、筆を折り帰郷。犬2匹と実家でのんびり生活中。

村上隆の話

「ツリー・オブ・ライフ」という映画をDVDで見ていた。

(ネタバレ御免!)アメリカの田舎で起きたひとつの家庭の悲劇から始まり、ブラッド・ピットの妻を演じるジェシカ・チャスティンの「Oh my Lord」という呟きが響く中で、カントなら「崇高」と呼びそうな驚異的な自然の画像が次々に綴られる。キリスト教者でなくとも創造主を意識せざるをえない、そんな気になる。

その後、またブラッド・ピット一家のありきたりな日常が描かれて行くのだが、観客に強いられるのは、「創造主」の視点から、緊張感を持って「日常」を見つめること。畏怖する人間として。

これぞ映画しか成せないマジックというか、監督のテレンス・マリックが凄いというか。。。

 

翻って、ふと見れば「芸術新潮」5月号があった。「それでも村上隆がお嫌いですか?」という特集。私は彼の作品を好きでも嫌いでもないし、酒席を何度か共にした程度で、詳しく話を聞いたわけでもないし、「それでもお嫌い?」と問われても。。。

私の知人で「村上は詐欺師だ」とか何とか言って嫌ってるのは、大概が日本にいる若い外人アーティストで。たぶんそれは嫉妬で。

しかし、「芸術新潮」が言うように、この20年、村上隆がいなかったら、日本のアートシーンはものすごくつまらなかっただろう、と、言われても、これもまた「?」。

確かに村上の活躍で、世界のアートシーンの何たるかを一般に周知することはできたけれども、(ベルサイユやカタールまで行くのも何の不思議はなく、ブリティッシュ・カウンシルは西欧の文化を牛耳るCIAみたいな存在で、等々) ポップアート以降の、世界全体のアートシーンのミーハー化を考えれば、ガゴシアン・ギャラリーが目をつけたのが村上でなく会田誠かも知れず…まぁ、それは定かではないけれども…村上が提唱してきた「スーパーフラット」というコンセプトは世界的なスタンダードにはならなかったし、東山魁夷の絵をパロディ化した会田の絵の方が、余程スーパーフラットだという気もするし…

村上の「五百羅漢図」椹木野衣シルクロード文化の「西方浄土」信仰につながっていると評している。これが3.11に前後して描かれていたことも運命的だと。

村上は同雑誌で、日本の「骨董」文化にも触れ…てはいるんだけれども、その骨董カルチャーと、最近の欧米における「もの派」の再評価との繋がりには言及していなかった。

 

ここいらで、「ツリー・オブ・ライフ」と村上作品を強引に対比する必要がありそうだ(笑)

村上作品からは決して「Oh my Lord!」という「神なき時代における神を渇望する叫び」は伝わって来ない。西欧のコンテンポラリー・アートの中でも特にコンセプチュアルアートに見られる、神学から哲学の長き問いを経ていまここにあるに至った、という視点もほぼない。「ゴドーを待ちながら」というサミュエル・ベケットの、待つことにくたびれた疲弊もない。

元気だ。とりあえず元気だ。

だが、「五百羅漢図」は驚異的労作ではあっても、カント的に「驚異」でも「崇高」でもない。(実物を見ていないのに失礼!)

東洋思想はある意味で脳天気なところがある。(キリスト教やユダヤ教に比して)

村上隆はその恵まれた(?)思想的土壌の上に乗ったまま、世界のアート業界に飛び出した愉快犯だと言えるだろう。


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