開発チエ
2012年7月
« 5月   10月 »
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  
KAIHOTSU Chie/開発チエ
アートのお作法

慶應義塾大学卒業時より「美術手帖」「STUDIO VOICE」「SALE 2」などに美術批評を執筆。批評家生活10年経過した後、筆を折り帰郷。犬2匹と実家でのんびり生活中。

草間彌生様と私

Yayoi Kusama is a boom now!

こんな中で草間様の話を書くには勇気がいる。

皆がそこいらじゅうで草間の記事を読んでいるし、草間をもっと知りたいと渇望しているし。

でもやっちゃお。

また昔話から。

それは、私がアルバイト感覚で無記名で女性誌のアート欄を書いていた頃の話。

その下らない女性誌の編集長が、実は大のアート好きで、

巻末のモノクロ記事見開き2ページにしては、かなり贅沢な取材をしていた。

「草間彌生さんの取材をしよう」と言い出したのも編集長女史だった気がする。

クサマは、その頃から大家だった。少なくとも日本では最高峰にいる女性作家だった。

で、私は草間様の伝記を読み、自作の小説を読み、色々リサーチして取材に臨んだ。

リサーチしていて思ったのである。

これから私が取材するのは、マルグリット・デュラスでもない。オキーフでもない。

当時日本のフェミニズムの中で流行っていた「超少女」の代表でもない。

いわば、高貴な令嬢、レディであると。

そして、編集長同席のもと、取材開始。

「草間さんのご実家には素晴らしいお庭があったんですってね。」

それが始まりだったと思う。

そこから、絵を描くことがとにかく好きだった少女時代、

ニューヨークに渡ってからの色々、素晴らしい作家たちとの交流、

センセーショナルなボディ・ペインティング…

会話は2時間に及んだ。

私はソフト・スカルプチュアにおけるファロスがどうのこうのというような話は避けた。

ただただ、草間さんの語ることを止めずに聞く側に徹した。

そして取材終了。

そこには、クサマが帰国してからそれまでに着いた日本の垢が全て取れた、

すっくとしたモダンなアーティスト像が出来上がっていた。

しめた! と、私は思った。

 

問題はその夜。いまはすっかりダンディになった、草間さんの全権を担う某氏も、

その頃はモード系ではあれボロっちい格好をした青年だったのだが、

彼が泥酔して電話をかけてきた。

曰く、草間さんは自分にもあんなに喋ったことはないと。

会話の部分であれとかあれとかは伏せておいて欲しいと。

(思わせぶりで申し訳ない! 主にポリスに関することとだけ記しておこう。)

その頃、草間さんのアトリエはあんな立派なビルディングでもなく、スタッフも少なかったのだが、

以来、草間さんと私は変に仲良しになった。

だが、何しろgoing my way な方なので、

こちらにはもちろん常に慎みが必要だったけど。

 

そして、今、草間彌生のワンマンショーが、英国テート・モダン、仏国ポンピドゥー、米国ホイットニーと、世界中を巡回している。

ルイ・ヴィトンとのコラボレーション企画も手伝って、クサマの名は世界中の流行語だ。

http://www.louisvuitton.jp/front/#/jpn_JP/ホーム

しかし、草間さんは相変わらずの方である。

ご自身の作品を「素晴らしいわ、私ってやっぱり天才だわ。」と言いながら描き、

海外へ行くのは面倒だわ、と、言い、(さすがにテートにはお出ましw)

ご自身の見栄えを「どうかしら?」と訪ね、

「キレイですよ」と言えば「そうかしら。」と納得し、

実は、いつだって人前に出る4時間前からスタンバイしている。。。(笑)

 

思い出のツーショット写真には、「魔女2代」と裏書きした。

データで残っていないのがちょっと残念である。

http://www.yayoi-kusama.jp/

 

 

 

 

 


カテゴリー: 未分類 |