開発チエ
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KAIHOTSU Chie/開発チエ
アートのお作法

慶應義塾大学卒業時より「美術手帖」「STUDIO VOICE」「SALE 2」などに美術批評を執筆。批評家生活10年経過した後、筆を折り帰郷。犬2匹と実家でのんびり生活中。

アートという存在の耐えられない軽さ 2

私ったら、ブログを書く技術をとんと持ちあわせていなくて、本当に申し訳ありません(;´д`)トホホ…

「ワードにリンクを貼る」は覚えたものの、そこを太字にするとかしておらず…。

申し訳ないですが、カーソルを文の上にスーッと乗せてみて下さい。

リンクをつけたワードが赤く変化しますので。(ほんと、オバサン丸出しやんけ!w)

ってことで(?)今日はもう一回更新しちゃおう! 今度は失敗しないぞ!

 

1996年、ドイツ、オーストリア、東欧を巡るを旅しました。ウィーンのドナウ沿いのホテルの売店でフランス語版の「ELLE」を立ち読みしていたら、「ジョージ(ケネディJr.)が選んだのは普通の女性だったの。そう、あなた達と同じよ!」みたいなことが書いてあって…嫁の写真見てドッ白け。どこが普通じゃい! グゥイネス・パルトロウよりべっぴんやんけ!って思って。そんな頃でございます。

この旅行、ホテルを経営する叔父が、急の用事で行けなくなり、暇人の私にお鉢が回ってきたってモノで。団体ツアーで、同行したのはホテル経営ばかり。で、行く先々のホテルで、ホテルのチーフを囲んでの勉強会がありました。

驚いたのは、旧東ドイツのホテルでの勉強会にてのこと。

無論通訳さんを介してですが、会議に出席したホテルのボスが、驚異的に優秀だったことで。日本の天皇の訪問の折りには、国産のそれがあまりに酷い紙質だったので、日本製のトイレットペーパーを輸入したとか、色々な四方山話を交えながら、「ホテルのサービスとは何か、ホスピタリティとは何か」という、目からウロコが落ちそうな、素晴らしいお話をして下さったんですよ。

で、私は質問してみたのです。

「失礼かも知れませんが、もしよろしかったら、あなたの経歴を教えて下さいませんか?」と。

するとどうでしょう!ホテルにはコックの見習いとして入って、そこから料理長になって…と、仰天の経歴の持ち主の苦労人だったのですよね。これじゃあ、ホテルの隅々にまで目が届くのは当たり前だな~って感じ。

それに比べて、ウィーンのインターコンチネンタルのボスの酷いこと! 「そんなの日本人は全部知ってるよ!」ってな下らないビジネスの話ばっかり。無論彼は名門大学出の、いわゆるキャリアなんでしょう。もしかしたらMBAを持っていたかも知れない。そいつがアホっすよ! どういうこと? でしょ。

考えるに、「壁の向こう側」では、労働者の立身出世は、受けてきた教育の如何にかかわらず、労働者としての優秀さがモノを言うという状態だったのではないでしょうか? つまり「叩き上げ」で人材は育成されていた、と。(共産党幹部はどうだか知りませんけどね。)

資本主義ってどうよ? と、思いましたね。

私は共産主義者じゃないですが、「資本主義のブタ!」と叫びそうになりましたよ(笑)

ドナウ河畔とか、とにかく何処へ行っても、早朝にアメリカのビジネスマンがヘッドフォンしてジョギング。

なんでアメリカ人のビジネスマンって種族は、世界中の何処へ行ってもジョギングするんでしょうね?(笑) アメリカ人はスウェットしか着ないから、バカ高い価格のスウェットを売ってみたら結構売れたとか、他国からアメリカの文化にツッコミを入れ、アメリカが自嘲してコメディアンのネタになる、ってなことが常。カルチャーの本堂はアメリカにありました。ハリウッド映画も、現在のように「ネタ」に困ることもなく、まだまだ元気でした。でも、ブタペストに、シルベスター・スタローンが経営するカジノが既に進出していたのにはビックリでしたけど。

なんでこんな昔の話をしているかと言えば…

この旅行をさかのぼること数年、つまりさらに昔の話になっちゃうのですが、20代の中頃に「ふくい国際ビデオビエンナーレ」 のシンポジウムのパネリストをやりまして、1989年の「ベルリンの壁崩壊」のすぐ後だったと記憶していますが、私以外のパネリストが、ほぼ全員旧共産圏の方々。名前も顔も忘却の彼方ですけど、ドクメンタのディレクターが一人、アーティスト一人、美術館長一人だったような。

その中のひとり、冷戦下ではテロリストというか、ゲリラというか、そういうカタチでしか作品を発表できなかったというアーティストに、シンポジウムが始まる前、「何を話すつもり?」と聞かれ。「ボーダーレスなんてファンタジーだってこと。」と言うと、「僕も同じ」って。(ここ英語ですから!w)いきなり気が合いました。

肝心のシンポジウムですが、「資本主義社会の側だって上手く行っているワケではない。テクノロジーが一番進んでいるらしい日本では、そのテクノロジーによって「おたく」や「ひきこもり」が生まれているし、『テトリス』がソ連から入って来なければ、日本のゲームはドン詰まっていた。」ってなこと話したと思うんですが、他のパネラーさんたちに喝采を頂き、大量の資料を、半ば押し付けの感じで頂きまして。

その後、彼らは東京に行って、東京のアート関係者やギャラリーやら美術館やら、そこいらじゅうで「日本でわかっているのはカイホツだけだ!」と言いふらしてくれたという…(笑)

そう、その頃は、「おたく」や「ひきこもり」というものは、日本という「病的な国」の、「病的な現象」としてしか、世界に認知されていなかったんですよね。(hを発音できないフランス人が必死で「イキコモリ」って言ってましたがw) 現在は世界制覇をした感のある日本のマンガ、アニメ、コスプレ等々は、未だ世界じゅうを席捲していませんでした。

話はコロッと変わりますが、私の少し上から少し下の世代は、「ハリウッド映画を見に行くヤツ、アメリカの音楽を聴く連中はバカだ」というのが、インテリを気取る者(ガチのインテリを含む)の共通認識。ハイカルチャー、サブカルチャー、ともに、たいがいがアメリカを嫌う体質でした。

ヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン天使の詩』の初日に長蛇の列を作って世間を驚かせてみたり、「タルコフスキーは結局さぁ…」とか、「私はビクトル・エリセが一番好きだなぁ」とか、…「デヴィット・リンチとかジョン・ウォーターズみたいなアメリカ映画好きなヤツもいるよね」とか、そんなお喋りばっかり。ヌーヴェル・ヴァーグ完全制覇は、口にするまでのない当たり前。リュミエール兄弟からこっちの全ての映画を観んばかりって感じで、ほぼ全員が蓮實重彦エピゴーネン。黒澤明と小津安二郎以外の日本映画の話は出てこず、間違っても「E.T」なんか観てませんよ、状態。

映画ヲタはこんな感じでしたが、音楽ヲタの方はさらに重症、というか、猛烈。ロックやジャズなど、あらゆるポピュラー音楽(海外のね)に通じ、99%がヴァージン・レコーズ率いいるイギリス音楽信奉者。SEX PISTOLSに端を発したパンクから始まって、最狭義のオルタナに、あるいはミニマル・ミュージック、あるいはアンビエント・ミュージックへ行き…って感じで。

その昔、六本木に「WAVE」というレコード屋さんがありまして、そこのスタッフが世界中のレコードやCDを蒐集しておりまして、「あとはラップ人のラップくらいしかないよぉ~ (;´Д`)」なんて文句をたれておりまして。(現在でも日本を訪れる外国人は、東京の「TOWER RECORD」に行けば何でも手に入ると言ってるそうですが。)

つまりですね、我々の「カルチャー・データベース」は、ほとんど舶来品なのでありまする。

それに引き換え「ゼロ世代」とやらは…

ってことで、このポストは承前、なワケです。

続きはまた今度。

 


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