開発チエ
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KAIHOTSU Chie/開発チエ
アートのお作法

慶應義塾大学卒業時より「美術手帖」「STUDIO VOICE」「SALE 2」などに美術批評を執筆。批評家生活10年経過した後、筆を折り帰郷。犬2匹と実家でのんびり生活中。

『めめめのくらげ』に行きましょう!

正直、村上隆監督作品『めめめのくらげ』、正直、上映している映画館が遠いのでまだ拝見していないのですが…

Twitterで「予告編を見る限りでは、私は普通の人間なので、宮崎駿とピカチュウの真似にしか見えん。しかし普通の人をナメんなよ」と呟いたら、「うるせ~!」と村上隆が噛み付いてきた。

私はあの予告編が失敗していると言いたかったのだが、村上はそれを解さなかった模様で。「ジェフ・クーンズにインタビューをしたが、村上隆より余程冴えていた」と、その前にツイートした時点で、頭に来ていたらしい。

私はその「予告編がダメ」ってことに特に言い訳をしなかった。「私は重篤な西洋かぶれで日本のサブカルのデータベース持っとらんのは問題だとツイートしたがの。」と、村上と私の持っているデータベースが全く異なるから批評は無理だとだけ返した。

案の定というか何と言うか、公開にあたって村上が朝のワイドショーなどに出て必死にプロモーションしたものの、映画の出足は悪く、打ち切り話もいくつか出たらしい。

どのテレビ番組でも「あのベルサイユ宮殿でも個展を行った世界的アーティストであり、ルイ・ヴィトンとのコラボもした村上隆さんが初めて監督をつとめた…」と、お決まりのフレーズで紹介されていたのだが、アートに全く興味の無い人々は「これ誰?」って反応しかしないだろうし、アートファンやアート業界にも「アンチ村上」が大量にいる状態、露出が多くなるほどに、反感はますます募ったと推察される。

いくら村上が「コンビニの裏で捨てられた弁当を漁った時期もある」と言おうと、共著をものした北野武が浅草の劇場で苦労していた時期の逸話のように、証拠も証人もはっきり存在して、周知のものになっている話ではなく、その言葉は遠くには伝わらない。村上のド根性人生の素顔は、ほぼ誰にも伝わってはいないのだ。

そして、彼の問題意識は「日本のアート業界は散々だ」とか、「アートはビジネスなのに!」ってなところに偏り、彼の著作は、そりゃあまぁこっ酷いものになっている。

彼が自覚しているかどうかは知らないが、村上に欠落し、飢えているのは、アートに関するアカデミックな「論」、言葉、批評だと思うのだが。(ジェフ・クーンズらの海外アーティストは、その「言葉」をアート・スクールでとことん叩きこまれているのだが、やんぬるかな、というか、悲惨なことなのだが、日本の美大はかようなことを全く教えないまま世に学生を放り出す。)

とにかく、この映画はプロモーションに失敗したと私は思っている。村上のスタッフの笠原ちあき女史のブログが、その惨憺たる出足について、そして監督村上隆の制作過程について語っている。(ご一読されたし。)

しかし、繰り返すが、「言葉」が足りないのだ。『構造と力』を読んでも全く理解できないという御仁が多いことから推察するに、村上には、そしてそのスタッフにも、「言葉」をひねり出す能力には欠けていると思われる。村上が幾度となく「インテリ! 何とかしろ!」とこっちにお鉢を回してきたのも頷ける。

『めめめのくらげ』について海外から出てきた英文記事もいくつか読んでみたが、「?」ってなのが多かった。こっちとしては「くぅ~」って感じ。とにかく歯がゆい。

観ていないのに恐縮ではございますが…

これは観に行くべき映画だと思う。3.11を記憶している全ての人間が。アーティストに何ができるか? その最上の答えを見つけることができるだろう。

 

 


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