開発チエ
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KAIHOTSU Chie/開発チエ
アートのお作法

慶應義塾大学卒業時より「美術手帖」「STUDIO VOICE」「SALE 2」などに美術批評を執筆。批評家生活10年経過した後、筆を折り帰郷。犬2匹と実家でのんびり生活中。

アンディ・ゴールズワージーと私

ブログを更新し始めると、次々にやっちゃう私。なかなかそういうギアが入らないんですけどね(笑)

 

アンディ・ゴールズワージーというアーティストを知っていますか?

いまやすっかり世界的な大物です。こういう人

作品はこんな感じ。Googleで画像検索をすると、たくさんの作品が出てきますが、あまり一貫性はなく、多様な作品を作っています。ただ、自然と関わるという点は変わりません。

チャールズ皇太子の遊び仲間で、いまや大英帝国憲章とやらに任命されている彼ではございますが、私にとっては「悪ガキ」のままです(笑)。

私が大学を出た年だったと思うのですが、ひょんなことから、私の地元の福井の若いリッチマンで、現代アートのコレクターだった人をサポートすることになり、大学の大先輩の南條史生氏の個人事務所(当時)を訪ね、「なんかないですか?」と伺ったら、「アンディ・ゴールズワージーって作家を、年末年始の休暇に預かってくれないか」と。作品を見れば、ド田舎でこそ制作ができる感じでしたので、快諾させて頂きました。

で、アンディは、南條さんがチャーターした若い日本人の男の子のアシスタントとともに、福井にやって参りました。

アンディが要求したのは、「山奥と海辺での制作」。これらには事欠かないド田舎福井県(笑)、早速我々は、和泉村という、美しい手付かずの自然の残る山間僻地にアンディの宿を取りました。そして、私が住む福井県中心部から、毎日60キロ離れた和泉村へ車をぶっ飛ばして通い、「これ持ってきて、あれ持ってきて」という要求に応じていたのですが…

ある日、アンディがアシスタントを変えて欲しいと言ってきました。「あいつは一々アキラ・クロサワならそんなことはしない、アキラ・クロサワならこうすると文句を言うし、ものすごくディスガスティングな日本のミュージシャン(敢えて名前は伏せますw)の曲を聴け、聴け、と押し付けるから嫌だ!」と。すぐにアシスタント交代のオファーを南條さんに伝え、ちょいとイタズラを。アンディを私の車に乗せて、坂本龍一氏の『音楽図鑑』を聴かせたんですよね。そうしたら、「何コレ! 誰!? どこの国の人!?」とあたふたと仰天して、「このテープくれ!」と言ったので、私は「ヘッヘッヘ(^_-)-☆」状態。「日本人だよ~ん」と言ったらさらに驚いていました。

すると、アンディは自分の音楽遍歴を話し始めました。「俺はパンクスだったんだ。その前はロック小僧。」そう言って彼は腕をまくり上げ、「エルビス・プレスリーLOVE」の円いタトゥーを見せてくれました。「ワーオ!」って言ったのですが、当時のアンディの様子を見ていると、まぁ、不思議なことでもなかったんですよね。

とにかく私は使いっパシリに徹して、クリスマスにはシャンパンとターキーの丸焼きとケーキを届け、新しいアシスタントに「チエに言うと何でも持ってきちゃうから言うなよ」とか言ってて(笑)。

それから越前和紙の紙漉き場に連行し、紙漉き体験に挑戦。アンディは木の葉を漉き入れて和紙を作りましたが、「これってどのくらい持つの?」というので、「千年持ってもおかしくないよ」と伝えたら、これまたひどく感動していて。(実はジャスパー・ジョーンズらの大物アーティストもここの紙を使っているのですが、紙漉き職人のお爺さんやお婆さんは全く知らないというか、誰が相手だかわからないままに和紙を売っています。)

お正月には書道家の吉川壽一氏のお宅に連れて行って、(吉川氏は単に子供の頃の書道の先生だったから知り合いだっただけなんですが)日本のおせち料理や書き初めを体験させてあげて…これは喜んでたかどうか分からなかったんですけどw

で、次は海辺に、ということで、越前町の民宿に移動。そこも我が家から60キロw。同じように日々顔を見に行きました。「あのさ、細い竹でできたホウキがあるだろ? あれが欲しいんだけど」と言うので、何に使うんだろう?と怪訝に思いながら持参すると、「これが一番良いんだよね」と言って、ホウキの竹を細かく切って、木の葉を繋ぎあわせてオブジェを作っていた! しかも、私も手伝わされました。

「毎日ものすごいご馳走が出てくるんだけど、これはチエが頼んだの? お金がかかるんじゃない?」と不安そうに言ってきたので、海産物が豊富な海辺の民宿は、そういうもんなんだ、特別に料金は変わらないよと説明したら、やはり驚愕しておりまして。「これが日本のド田舎のパワーじゃ!」と、また私は「ヘッヘッヘ」とほくそ笑んでおりました。

アンディの滞在中、地元テレビ局の取材が入り、地元の新聞がカラーの1ページを割いて紹介してくれました。なんと「ズームイン朝」にまで取材して頂き、件のリッチマンの奥さんを「アートに理解のある女性」として取材してもらって…ぶっちゃけ経費は100万円くらいだったのですが、広告宣伝費に換算すると1000万くらい。シメシメ、でございました。

そのすぐ後、有楽町の朝日ホールでアンディの個展が開かれ、アンディと一緒に、「あれ、私が手伝ったやつだよね」と笑い合ったりしておりました。

 

その後もアンディが来日する度に作品制作のお手伝いをしていたのですが、この頃あまり来ませんね(笑) 偉くなりすぎたのかな?

ま、これが私の初めての「アートマネジメント」のお仕事でございました。

 


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